こんにちは。ヒロシです。
受験というのはライバルとの競争。勝つ者がいれば当然敗れる者もいます。
猛勉強したけれど、残念ながら第一志望には不合格…ということもありますよね。
行きたかった大学には不合格だったとき、
- 合格した第二志望以下の大学に進学
- 第一志望を目指して浪人
という選択肢がありますが、
浪人せずに合格した大学に行くべきです。
今回はその理由について書いていきます。
【不合格】第一志望に落ちた場合でも、浪人せずに受かった大学に行くべき5つの理由
ちなみにヒロシは現役で第一志望の国立大学に合格しました。
まぁ高校三年生の時は、もしも不合格だったら浪人しようと思っていたのですが。
でも浪人した人や、自分と同じく現役で大学に進学した人と色々な話をしているうちに、考えが変わったのです。
浪人して成績が伸びるとは限らない
「浪人して成績が伸びるのは3割」と言われています。
まぁこれには色々と理由があると思うのですが、
- 現役に比べて伸びしろがない
- 浪人中にだらけて勉強しなかった
というようなのが主な理由ですかね。
結局のところ、現役の時に一生懸命勉強したけれども第一志望に不合格だった場合って、それが自分の実力だということなのだろうと思います。
19歳の一年間を勉強だけに費やして、成績が伸びない人の方が多数派なのが現実なんですよね。
聞いた中では、現役の時に受かっていた大学に落ちてしまう場合も少なくありません。
だったら浪人せずに、受かった大学に進学するのが賢明です。
浪人には100万円以上かかる
受験ってすごーーくお金がかかります。
- 塾・予備校の受講料
- 模試・入試の受験料
- 入試の交通費・ホテル代
などなど、合計で年間100万円以上かかります。大学の1年間の学費よりも高いです。
これだけのお金をかけたのに、成績が伸びない人が多いというのですから、浪人ってかなりリスキーでめちゃめちゃコスパ悪いですね。
浪人はひたすらつらい
浪人って心理的にすごくつらいと聞きます。
- 失敗できないというプレッシャー
- 同級生は大学生活を謳歌している
- 勉強ばかりというストレス
- どこにも属していないという孤独感
などがつらい要因でしょうか。
ついこの前まで一緒に遊んでいた同級生が大学生活を謳歌している中、自分はひたすら勉強するしかないってすごくきついのが想像できます。
また、もう失敗できないと自分を追い込んでしまったり、浪人というどこにも所属していない身分が嫌になったりする人も少なくありません。
必死に勉強するほど、精神的に追い詰められてつらくなるのが浪人生なのです。
もう一年勉強に費やす時間の無駄
浪人をするということは、一年間を机の上の勉強だけに費やすということです。
18歳~19歳の貴重な一年間を、勉強だけに使うってすごくもったいないと思いませんか?
若い時間というのは非常に貴重です。
10代は色々なことを吸収できる時間なのに、それを受験のための勉強だけに費やしてしまうの惜しいこと。
しかも大学受験で得た知識って、受験が終わったらほとんど忘れてしまいますしね。
それならば、1年間勉強するパワーを他のことに回した方がより実りがあるでしょう。
また、浪人するということは、自分の生涯年収が浪人していない同級生よりも一年分少ないということ。
自分の長い人生全体を考えてみると、1年間浪人して勉強することで、時間とお金に大きな犠牲が生まれるのです。
どこに進学しても新たな出会いがある
僕は第一志望の高校に落ちています。
だからこそ分かるのですが、どの学校に進学しても新たな出会いというのがあるものです。
むしろ、第二志望の学校に進学してよかったと思えることの方があるのではないでしょうか?
僕は進学した第二志望の学校で、良い出会いがたくさんありましたし、思い出もできました。
だから、今では高校受験に失敗したコンプレックスは全くありません。
高校受験と大学受験は違いますが、どこの大学に行っても、気の合う人というのはいるもの。そこで良い出会いに恵まれれば結果オーライじゃないですか?
第一志望に落ちたら、その大学とは縁がなかったと割り切って、進学先での新たな出会いに期待すべきなのです。
第一志望の大学に落ちた時でも、進学先の大学で頑張ればいいだけ
「第一志望の大学じゃないと嫌だ」という思いって、一生懸命に勉強した人ほどありますよね。僕もそうでした。
でもそれって結局は、自分の見栄やプライドでしかありません。
その大学で何をしたいかと言われても特に何もない場合も少なくないのでは?
そうなると、その人にとって「大学合格」がゴールになり、だらけた大学生活を送る場合も(ヒロシはそうでした…)。
よく考えてみると、第一志望の大学じゃないとできないことなんて殆どありません。
勉強したいことがあれば自分で勉強すればいいし、ビジネスがやりたかったらやればいい。サークル活動やバイトなんてどこの大学でもできます。
つまりは、どこの大学に行くかではなく、行った大学で何をするかの方が圧倒的に重要なのです。
どんなに偏差値の高い大学に行っても、そこで怠惰な4年間を過ごしては意味がありません。
「勉強ができるだけの人」という烙印を押される可能性さえあります。
大学合格なんてスタートに過ぎないのですから、たとえ第一志望に不合格でも、進学した先で頑張ればいいだけの話なのです。
今の時代、大学の名前(ブランド)なんて大した価値はない
「偏差値の高い大学じゃないと就活で不利になるのでは?」
という思いを持っている方もいるでしょう。
もしも就職のために良い大学に行く必要があると考えているのなら、その認識は誤りと言わざるを得ません。
大学名なんてエントリーシートの足切り程度にしか使われませんし、SNSのフォロワー数など、ユニークな採用方法を行う企業も増えてますしね。
就活では、大学名よりも大学で何をしたかの方が重視されます。
まぁ今どき大学名を重視する企業があったら、そんなナンセンスな企業はすぐに淘汰されるでしょう。
また、少し前までは、「良い大学に入って、大手企業に入って、結婚して子どもを授かって…」というのが幸せのロールモデルでしたが、今はそういう時代ではありません。
自分の幸せは自分で決められるのです。
別に幸せになるために大手企業に入る必要はありませんし、その大手企業もいつ経営が傾くか分からないので、必ずしも安定しているとは言えません。
今の時代、優秀な人は大手には行かず、起業したり、ベンチャーに行きますしね。
また、別に就活なんてしなくても、個人でお金を稼げる時代です。
別に偏差値に低い大学に行っても、自分で稼ぐスキルを身につけることは可能でしょう。
そのスキルで個人で稼いでもいいし、転職して年収を上げてもいいでしょう。
スキルのある人材ならば、学歴が無くてもあらゆる企業が欲しがりますし、フリーで稼ぐことも難しくありません。
つまり昔に比べて、大学の名前の価値は落ちてきているのです。
大学の名前よりも、大学で何をしたか、何を学んだかの方がよほど価値があります。
ですから、浪人して勉強するのに労力を割くのではなく、進学した大学で新しいことを学んだり、何かに打ち込んだりする方に労力を使いましょう。
リソースというのは有限です。
浪人すること、より良い大学を目指すことが、本当に時間とお金をかけるだけの価値があるのかを再考すべきなのです。
思うに、大学名の価値なんて、せいぜい「どこ大学?」と聞かれた時に、「〇〇大学だよ」とドヤれることくらいですかね。
あとは、多少社会的な信用が上がるのかな?という程度。
でもその信用なんて、人間性でいくらでもカバーできます。
高偏差値大学でだらけきったヒロシが言うのですから間違いありません。
あとがき
- 第一志望の大学でしかできないことがある
- どうしてももう1年チャレンジしたい
このような強い意志を持っている方は、もちろん浪人してもいいでしょう。
ただ、中途半端な気持ちで浪人することは本当にやめたほうがいいですね。
何事もそうですが、「方向転換」をする決断ってかなり重要です。
何かを始める決断と同じくらい、何かをやめる決断って難しいし、大事になります。
第一志望の大学に落ちてしまったあなたは、これから自分がどうしたいのかをよく考えて、浪人するのか、また進学するのかを決めましょう。